0307
雨が窓を打ちつける音が日本に居たときと違う。
次の一粒が落ちるまでの間隔は少し長く、それでいてどこか纏わりつくような重みのある音だ。
目の奥が痛い。
どうせ学校へ行かないのなら、何か生産的なことをしようと思いながら、今日もパソコンの画面を見るだけで一日が終わった。帰国まで二週間をきって、異郷で暮らした1年間を振り返ってみると、その地に居るという自分に満足していたような気もする。
何を得たとか、何をしてきたとか、そういったことはさほど重要ではないと思う。
それは私が常に感覚的なものに重きを置いているからかも知れない。
どんなことをしてきたか、何を得たか、それを誇らしげに語る人がいる。
来月、私もそういった人達の発表会に参加することになると思う。
だけど私はひねくれ者だから、それは本当に自分の意志でしたことなのだろうか、誇れるほどのことなのだろうかと思ってしまう。もしかしたら心の奥深くに「やらなければならない」という潜在的な義務感が潜んでいて、無意識のうちにそれに従っていただけかも知れない。
ならばその誇りは仮初で、直感的に感じたことこそが真実なのではないかと。
自分が正しいとかそういうことが言いたいわけではない。
ただ、雨にも表情があるだとか、夜にも深い夜とそうではない夜があるだとか。
そういったことって見逃しがちだけど、とても、大切なことなんじゃないかと思う。
